Book of Ti’ana 第2章─石と塵と灰

第二章 | 石と塵と灰

岩と塵で描かれた奇妙な円の中央に立ち、アナは目を細めた。
背が高く、痩せ気味な十八歳の少女。日に焼けてほとんどブロンドに見える鳶色の髪を首の位置でまとめている。父親と同じように、長く黒い砂漠用マント。腰には幅広の革製ツールベルト、背中には革のナップサック、足元はレザーブーツ。
左側で、彼女の父親がゆっくり円にそって歩いていた。日光を遮るためのつばの広い帽子ハットを持ち上げ、訝しげな顔をしている。
このサークルを発見したのは数日前、休火山の南西区画の砂漠を調査したその帰り道だった。
「で?」
アナは父親のほうを振り返った。
「なにこれ?」
「さあな」
父親はハスキーな声で返事した。
「誰かさんが延々、石ころを大きさごとに分類して完璧な円形に並べてこいつを作り上げたか、さもなきゃ…」
「さもなきゃ?」
父親は首を振った。
「誰かがでっかいふるいにでもかけたんじゃねえか?下からな。ハハハ」
「…それで結局、原因は?」
「さっぱりわからん。調査屋やって五十年間、妙なものはいろいろと見てきたが、こんなのは初めてだ」
アナは歩数を数えながらサークルを歩き、頭の中で計算した。
「直径八十歩。だいたい八百平方フィートね。作られたものにしては大きすぎ」
「このあたりの部族が総掛かりでやったんなら、まあ」
「うん、でもすごく…自然に見える。すっごく大きな水滴が空から落っこちてきたみたい」
「それか、ふるいだな」
父親はしばらく目を細めて、石の配列パターンを足で確かめた後、再び首を振った。
「振動だ。地下からの」
「火山?」
「いんや、違うな。地震じゃない。地震は岩にヒビを入れたり割ったり沈めたりはするが、こんなふうに大きさ別に並べたりはしねえ」
しばらくしてアナは言った。
「父さん、疲れてるんじゃない?ちょっと休む?」
いつものアナは父親のものの見方について口を出すことはしないが、声には若干心配そうなトーンが含まれていた。最近の父は確かに疲れやすく、昔ほどの元気を感じない。さすがに年だろうか。
父親は返事をしなかったが、アナは別に気にしなかった。もともと口数の多い人ではない。
アナはもう一度見回した。
「いつからここにあったのかしらね?」
「ここは囲まれているからな」
父親は周りの様子を確認して言った。
「砂もそんなに動かねえ場所だ。だが、となるとかなり長いことあったんじゃねえか。五十年かそこらは経ってるかもな」
アナは頷いた。いつもならサンプルを採取するところだが、ここは岩自体がどうこうではなく、その並び方がおかしいのだ。
「いちど帰って、明日朝また来ない?」
「そうだな、そうするか。ゆっくり水風呂に浸かりてえ」
「イチゴの生クリーム添えも、でしょ?」
「おお、そんでグラス一杯のブランデーがありゃ完璧だ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「なにか作れるかどうか見てみるわ」

冗談で「ロッジ」と父親が名付けたそれは、彼がヨーロッパから戻ってきて子供時代を過ごした狩猟小屋とは別物で、岩壁と岩棚の間に作られていた。深さ六十フィートほどの位置に裂け目を横断するように架かっている細い岩の橋は、十五年ほど前、父が切り出して架けたものだ。アナは三歳になったばかりだった。
「ロッジ」の外壁は手掘りの岩で、表面はなめらかに磨かれており、曲線の美しい小さな木のドアが細い橋の終点、白い岩に埋め込まられるようにつけられており、細長く岩をくり抜いた、天井の低い部屋が見えている。
細長い部屋の他にも四つの小部屋がある。うち三つは裂け目の右壁側にあり、生活房として使われている。残りひとつは左壁側で、実験や作業のための部屋だ。
アナは部屋の奥にある大きなソファに父親が座るのを手助けした後、低い位置にある石の通路を通って先の厨房へ向かうと、しばらくして冷たい水を持って戻った。
「おいおい、もったいない。いらんよ」
「いいから飲んで。今夜泉で汲んでくるから」
父親はためらったが、申し訳なさそうにゆっくり飲み干した。
アナは父親がどれほど疲れ、弱っているかを見て取った。全く、辛いとは一言も言わないんだから…。
「明日は休んで頂戴。私は一人で大丈夫だから」
父親は気に入らないようだったが、それでも不承不承、頷いた。
「報告はどうする」
「遅れたら、遅れたときよ」
アナはぞんざいに言い放った。
「約束したんだぞ」
「具合が悪いんでしょう。彼もわかってくれるわよ。人は病気になるものよ」
「ああ、そして人は食わなきゃ生きていけない。それがこの世ってやつだ、アナ」
「そうかもね、でも私達は生き延びる。そしてあなたは病気。自分を見てみなさいよ。休みが必要だわ」
父親はため息をついた。
「わかったわかった…だが一日だけだぞ」
「オッケー。じゃあベッドに入って。夕食の頃起こしに行くわ」

父親を起こしに行く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
アナは父の部屋の窓辺に座り、星がゆっくりと動くのをしばらく眺めていた。
振り返ると横になっている父が暗い部屋の中で黒い影のように見える。
「気分はどう?」
「ちょっとマシになった。もう疲れは取れたよ」
アナは壁の棚から水差しを取り、持ってきた夕食に今日二杯目の水を添えた。先程、父親が眠っている間に裂け目の底まで降りて水差し二杯分の水を汲んできたのだった。大切に飲めば数日はもつだろう。
父親は大事そうに一口飲むと、再びベッドに沈み込んだ。
「夢を見ていたよ」
「どんな?」
「母さんの夢だ。最近ずいぶんお前は彼女に似てきたと思ってな」
アナは黙っていた。亡くなってもう六年たつが、記憶の中で話す母は、まだあまりにもはっきりしていた。
「明日は私も出かけるのはよそうと思う」
アナは一旦言葉を切り、続けた。
「先週父さんが始めた実験を終わらせようと思って」
「そうか」
「それと…何かあった時に近くに居たほうがいいと思って」
「俺は大丈夫だよ。疲れてただけだ」
「ええ、でも…」
「まあそうしたけりゃ、そうしろ」
「実験はどうする?」
「やることは解ってるだろ、アナ。もう俺と同じくらいうまくやれる」
「まだまだよ」
アナは微笑んだ。
その後もアナは暗く静かな部屋の中で、父親の穏やかないびきを聴いていた。
アナは台所へ移動した。窓からは空の低い位置に月が昇っているのが見える。タンブラーを片付けて、アナは窓からぼんやりと砂漠を眺めた。父は本当に疲れているだけなのだろうか。もし何かの病気だったら?
ここは最寄りの街、タジナーからも百マイル以上離れている。もし病気だったら…父は砂漠を横断することはできないだろう。父を荷車にのせて引いていく?無理だ。真夏の砂漠の熱さには耐えられないだろう。
ここで、持っているものだけでなんとかするしかない。
アナは思考に沈み込んでいたが、むりやり引っ張り上げた。ふさぎ込むのは良くない。
花。そうだ、花を描こう。
カンバスに花の絵を描き、入り口のそばに飾ろう。明日の朝、起きてきた父親によく見えるように。
そう考えると元気が出てきた。アナは作業部屋の父の道具箱からオイルランプを取り出し、火をつけてテーブルの向こう側に置くと、棚から絵の道具を取り出し、鼻歌を歌いながら絵を描くためのスペースを作り始めた。

アナ?
「なに、父さん?」
何が見える?
「見えるのは…」
アナは言葉を止めた。いつもの心の中のやり取りを一旦止めて、花崗岩のてっぺんから埃の舞う荒野を見渡した。夜明け前に起き出したアナは父の調査の続き、この乾いた荒野の区画マッピングを行っていたが、すでに日は高く昇り、そろそろ暑さが辛くなってきたところだ。羽織ったフードがまるで焼けるようだ。
アナは視線を落とし、呟いた。
「石と塵と灰」
このやり方は父から教わった。質問と回答。いつも、いつでも。目の前にあるものに集中し、見ること。そして物事の特徴をとらえること、それこそが知識を形作る。しかし今日のアナは正直それどころではなく、集中することができなかった。
ノートブックを閉じ、鉛筆をスロットに差し込むと父のコンパスと一緒にナップサックへ放り込む。
一週間が過ぎ、まだ父はベッドから起き上がれないでいた。何日も熱に浮かされ、アナはそのそばに付き添い、貴重な水で彼の額を濡らした。
熱はやがて引いたが、ふたりともずいぶん消耗していた。アナはほぼ一日眠り、期待を胸に目覚めたが父はほとんど良くなっていないように見えた。熱が父からなにかごっそり奪っていったように、顔はやつれ、呼吸は不安定だった。
なんとか食べさせて見守っていたが、正直アナにできることは、待つこと以外にほとんどなかった。その状況に耐えられなくなり、なにか他に役に立つことができないかと出てきたものの、やはり集中できなかった。
ロッジはそう遠くない。ここから一マイルもないだろう。そういう場所を選んだ。それでもこの太陽の下、砂漠を歩いて戻るのは大変だ。
アナはロッジを見下ろす尾根に登り、不意に怖くなった。それほど遠くへ来ては居ないが、もし父が私を必要としていたら?そこに居ない私の名を呼んでいたとしたら?
アナは急いで斜面を駆け下りた。理由のない恐怖が大きくなり、走って細い岩の橋を渡り暗い部屋へ滑り込むころにはそれは確信に近かった。
「父さん?」
ベッドは空だった。アナは荒く息をついた。眉から首へ、そして背中に汗が伝う。振り向くと、窓を通して砂漠が目に入った。
…もしかして外へ?私を探して?
アナは不安に襲われ、急いで部屋を出たところで物音を聞きつけて立ち止まった。右手からだ。
「父さん?」
作業部屋を覗き込むと、アナに気づいた父親は笑顔を返した。部屋を横切るように置かれている作業ベンチで、彼は自分の大きな革張りのノートを広げていた。
「良いぞ、アナ」
父は出し抜けに言った。
「アマンジラは喜ぶだろう。きっと良い値をつけてくれる」
アナは安堵して言葉が出ないほどだった。最悪な想像をしていたのだ。
彼はその気持をすべてわかっているかのように微笑んでいた。アナはそのまま近づいていって抱きしめたかったが、それは彼のやり方ではないことを知っていた。彼の愛し方はまるで鷹が雛に対するように、厳しく、距離をおいたものだった。それが母親という存在なしで彼らが生き抜いていくための唯一のやり方なのだ。
「アナ」
「うん?」
「絵をありがとうな。なんでわかった?」
「…何が?」
「これは俺の好きな花なんだ」
アナは微笑んだが、答えを口には出さなかった。
それは、母さんが教えてくれたのよ。

父親は日に日に回復し、少しずつ出来ることが増えてきた。一週間後にはベッドから起き上がれるようになり、作業場に顔を出せるようになった。そこでアナから完成した調査報告書を手渡された。
「よし、じゃあアマンジラに届けて来てくれ。期日どおりじゃなかったが、奴もとやかく云いはしないだろう」
アナは報告書を見つめて、言った。
「無理よ」
「なんでだ?」
「まだ本調子じゃないでしょう。道中で倒れてしまうわ」
「ああ、だから俺は行けない。道はわかるだろう。荷車もうまく扱える」
アナはかぶりを振った。確かにそうだが、言いたいのはそういうことじゃない。
「置いてはいけないわ。今はまだ」
父親は微笑んだ。
「大丈夫、大丈夫だ。料理も自分で作れるし、俺はそんなに水を使わない。お前が帰ってくるまでに、水差し二杯くらいありゃ十分だ」
「でも…」
「でもじゃない、アナ。アマンジラに報告書を渡さなきゃ、俺たちは報酬を貰えん。そしたら俺たちは何も買えなくなる。それに、タジナーで買ってきてほしいものもある。リストを作っといた」
アナは父を見つめた。そうと決めたら頑固なんだから…
「いつ出ればいいの?」
「今夜出ろ。日が沈んだらすぐにな。夜明けまでには旧火山あたりまで行けるだろう。あそこには裂け目があるから、そこで夜まで眠るといい」
それは今まで何度も繰り返し、体に染み付いたといっていいくらいのいつもの道程だった。
「心配じゃない?」
「もちろん心配さ」
父親は答えた。
「だがお前はタフだ、アナ。いつも言っているようにな。だが一つ、ジャーニンドゥ・マーケットの奴らには、ボられるなよ」
アナは笑った。たしかに彼らはいつも値段をふっかけてくる。
「水差しをいっぱいにしてくるわね」
父親は頷くと、何も言わず部屋の中へ引っ込んだ。
「タジナーへ行って、それから」
アナは手の中の報告書に目を落としてつぶやいた。
「父さんの言う通り、アマンジラさんが歓迎してくれるといいんだけど」

アマンジラはご機嫌だった。満面の笑みでアナを迎えた彼は、アナにローチェアに座るようすすめると机に戻り父の報告を読み始めた。
彼が様々な地図や図形の部分にさしかかったのを見て、アナは辺りを見回した。アマンジラの邸宅に入ったのはこれが初めてだ。いつもは父が報告に向かい、その間アナはオールドタウンの宿で待っていたからだ。
広い室内は白・クリーム色、赤やピンクに彩られた優雅な内装で、バルコニーへと続く大きなガラス張りのドアは開け放され、そこから差し込む明るい陽の光に満ちていた。床は厚手のラグ、壁にはシルクのタペストリー。アマンジラの後ろの壁には皇帝から直接賜ったという皇帝のポートレートが飾られていた。
すべてが莫大な富によるものであることを示している。
アナは再びアマンジラを見た。アナ同様、アマンジラもこの土地の出ではない。もともとは東からの貿易商人だったのが数年前にここに定住したらしい。それが今ではこの国のレベルで見ても有数の重要人物だ。
アマンジラの肌は夜のように暗く、黒というよりもはや青に近い。だが彼の特徴は奇妙なことに西洋的な、洗練された柔らかさを備えており、好戦的な見た目をした砂漠の民とは大きく異なっていた。
まるで鷹の巣に飛び込んだ一羽の鳩のようだ。
だが全てが見た目どおりとは限らない。この鳩は爪を持っていた。そしてその翼はこの乾いた砂の地すべてを覆うほどに大きかった。
アマンジラは満足を示すように小さく唸ると、アナを見て頷いた。
「素晴らしい。お父上はやってくれましたね、アナ」
アナは次の言葉、報酬についての話を待った。
「執事に全額の支払いをするよう命じましょう。また、お父上が発見したものが正確であれば、追加報酬を出しましょう。そうお伝えなさい」
アナは驚いて頭を下げた。アナの知る限り、アマンジラが追加報酬を出したことなど無かった。
「ご厚意に感謝します、アマンジラさん」
アナは彼が立ち上がって近づいてくる音を聞いた。
「もしよければ」
アマンジラは柔らかく言った。
「今夜はここに泊まっていきなさい、アナ。帰る前に一緒に食事もしたい」
アナは強いて顔を挙げた。アナを見つめるアマンジラの瞳は驚くほどの優しさだった。
「ごめんなさい」
アナは答えた。
「もう帰らなければならないんです。父の体調がすぐれないので」
このまま留まってオールドタウンの路地を探検してみたい気持ちは正直あったが、まずはやるべきことをやらねばならない。
「そうですか…わかりました」
アマンジラはそう言って、アナの警戒感をなだめるように一歩下がった。
「なにかお父上のために出来ることはありますか?薬や、特別な食べものは?羊の脳みそなどは特に滋養がありますが」
アナは父が羊の脳みそを食べるところを想像してつい笑ってしまったが、彼の機嫌を損ねるかもしれないと思い、真面目な顔に戻った。
「ありがとうございます、アマンジラさん。でも必要なものは全部そろっていますから」
アマンジラは微笑んで軽く礼をした。
「うむ、でももし気が変わったら遠慮なく私のところへ来るといい。私、アマンジラは友人のことを忘れたりはしないからね」
再度、アナは暖かな気遣いに驚いて微笑んだ。
「きっと父に伝えます」
「よろしい。では急ぎなさい、アナ。長く引き止めてしまって悪かったね」

家までの道中は何事もなく、翌朝の夜明けにはロッジに帰り着いた。出発してから七日が経っていた。アナは岩棚の陰の奥へ荷車を置き、忍び足で岩の橋を渡った。きっと父は驚くだろう。
しかしロッジはもぬけの空だった。
アナは入り口へ戻り、静かな砂漠を見渡した。
一体…一体どこへ?
アナはすぐに気がついた。あのサークルにいるに違いない。
荷車を置いた場所から狭い渓谷を東へ向かい、むき出しの岩を登る。昇ったばかりの陽の光がアナを照らした。この時間を父が選んだ理由は、日が昇りすぎて気温が耐えられなくなるほどに上がる前だからだろう。
アナの知っている彼であればきっとあそこにいて、色々と掘り返したり歩き回っているはずだ。
ここしばらく父の病気のことであのサークルのことは忘れていたが、タジナーから帰ってきて、アナ自身、あの謎に興味を持っていることに気がついた。
あれは自然のなせるわざじゃない。だが、アナも父親もどうしても説明がつかないなんてことはないと信じていた。あらゆるこの世に存在するものには、かならず理由があるのだ。
岩稜のてっぺんから眺めると、父はすぐに見つかった。サークルのちょうど反対側の端で、朝日の中かがみ込んでなにか試しているようだ。そのシンプルな存在感にアナは安堵した。正直無事ではない可能性すら頭をよぎっていたのだ。だが彼は元気そうだった。
アナはしばらくそのまま佇んで、心配することなしに、彼のてきぱきとした行動を眺めた。まるで贈り物かなにかのように。アナはその光景を熱心に見つめ続けた。しばらくして太陽が次第に高くなっていくことに気づくと、岩を降りて彼に合流した。
「なにか見つけたの?」
父親の見ている場所に影がかからないように気をつけてそばに立ち、尋ねる。
父親はちょっと顔をあげ、にやりと笑った。
「かもしれん。だが答えはまだだ」
アナは笑った。いつもの彼だ。父親は立ち上がり、向き直った。
「アマンジラはどうだった?支払ってくれたか」
アナは頷き、重い革袋を外套から取り出して手渡した。
「喜んでたわ。追加報酬を出すかも、って」
「驚かん。銀を見つけたからな、それくらい出すさ」
「銀!?」
アナは叫んだ。父はなにも言っていなかったし、報告書には自分も目を通していたにもかかわらず、いつもの調査以上のものは無いと思っていたからだ。
「どうして言わないの!」
「俺たちには関係ないことだからだ。俺たちの仕事は岩を調べることで、掘り出すことじゃない」
「私達は岩で生きていくってことね」
「正しい日々の稼ぎは、正しい日々の仕事から、だ」
父は必要なもの以上を得ることを良しとしない人だ。生きていくには十分、が口癖で、アナもそれをよく知っている。誰かを妬むということをしなかった。
「それで体調はどう?」
アナは尋ねた。父の顔色は相変わらず白いままだ。
「良いよ」
父親は目をそらさず答えた。
「お前が行ってから毎朝ここに来てたんだ」
アナは頷いたが、何も言わなかった。
父親は突然思い出したように言った。
「来い、アナ。見せたいものがある」
二人は両側から岩壁が迫る場所の狭い隙間を通り抜け、岩棚のようになっている場所に登った。そこにはなめらかな灰色の一枚岩が壁から剥がれ落ちたかのように、砂の中に半分埋もれて突き刺さっていた。その向こう側には大きな岩稜が砂からせり出しており、浸食された輪郭が陽の光ではっきりと見えた。岩の白さと不規則な影の黒さで、まるで象牙の彫刻のようだ。
「あれだ」
父親は岩稜の足元の影になった部分を指さした。
「あれは…洞窟?」
アナは珍しそうにつぶやいた。
「トンネルだ」
「トンネル?どこに続いてるの?」
「ついて来い」
暑い砂の上を横断しトンネル入口の影の中に潜り込む。明るいところから暗いところに入ったため、目がなれるまでしばらくかかった。アナは父親がランプを点けるのを待ち、中へと進んだ。
「あら」
トンネルはなめらかに十五か二十歩ぶんほど続いていたが、そこで終わりだった。その先は崩れた岩が遮っている。
父親は臆すること無くそのすぐそばまで歩いていくとランプをかざした。アナも壁を調べる。
「火山性みたいね」
「そうだな。ずっと地面の奥深くまで続いているのかもしれん。この岩さえなけりゃな」
アナはかがみ込んで、小さな岩の欠片を拾い上げた。一方の面はガラスのようになめらかで、トンネルの壁と同じもののようだ。
「いつごろ崩れたのかな」
「わからん」
アナは父親を見上げた。
「見せたいものってこれ?よくわからないんだけど」
「ここには手がかりが無いことがわかって、少し広い視点に立ってみたんだ。何がわかったと思う?」
アナは肩をすくめた。
「ここから数マイル北に、地震か…少なくともでかい地殻変動の痕跡があった。多分、この崩れ方からして比較的最近だ。で、このあたりで大きな地震があったのは?三十年前だ。そん時はタジナーも影響を受けた。大したことはなかったがな。それであのサークルの説明がつくかもしれん」
「どうして?」
「地震、ここの落盤、あのサークル。すべては繋がってるんだ。どういう風にかはまだわからんが。だがいつも言っているだろう。全てを知ることは不可能だ。だが俺たちにはこの大地に関する知識がある。もしこの奥に行けたら…」
アナは笑った。
「調査するの?」
父親は手をひらひらと振った。
「調査はできる。それは問題ない。だがこいつは…こいつは一生に一度のチャンスかもしれんぞ、アナ。もしこの現象を解き明かすことができたら、それは誰もやったことがないことだ!」
「それで…どうしたいの?」
父親は崩落した岩を身振りで示した。
「この向こうに何があるかを確かめるんだ」

The Book of Ti'ana © 1996 Cyan, Inc.

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