Book of Ti’ana 第3章─断層

第三章 | 断層

その日の終わりに、評議会の首脳たち…五元老と十八のグランドマスターたちが、何をすべきか決める特別会議を行った。
会議が行われている間、噂はドニの都市じゅうを駆け抜けた。大多数の者は「侵入者」の性質に対しての関心。その生きものから、メンテナーがどんな様子を観察するかを予想した。ほとんどの者がその形は人のようであることを認めたものの、中には熊と猿の合いの子であると主張する者もいた。
こういった「ニュース」はどれもこれも根拠のないものであることはアトラスもわかっており、確実な事実だけを拾い上げるようにしていたが、あまりにもでたらめな噂が多すぎるので、ヴェオヴィスに直接尋ねてみることにした。夕刻、地底湖の明かりが暗くなるころ、アトラスは部屋を出て上層街の路地を抜け、記述者ライターズギルドのホールを目指していた。
ヴェオヴィスか、他の誰かでもいい。何が起こっているのか知っている元老かマスターが見つかるかも知れない。
古代から存在する記述者ギルドホールの門にたどり着いたアトラスは、執事がヴェオヴィスにアトラスの訪問を伝えに向かっている間、正門前の小さな中庭で待った。
数分後、アトラスは戻ってきた執事に、ホールの中へと案内された。高い柱に挟まれて伸びるモザイク画の道によって二等分されているここはリ・ネーレフのホールと呼ばれており、最古の五大ホールのうち、最初に建てられたものだ。その他の古代のホール同様、記述者ギルドのホールは独立した建物ではなくさまざまな建物や部屋の複合体であり、その一部は大洞窟の地上面から遥かに深い位置まで掘られて作られている。
奥に進むと細く長い階段が見えてきた。その石段はすり減り、あまりにも長い時間…ドニの六千年の歴史の中で、数えきれないほどの人々が通ったのだろう…まるでワックスのように溶けた形をしていた。
ここに二千人ものギルドマンが暮らしている。食事をし、寝起きしている。ここで教育を受け、日々のギルドの仕事を遂行している。そして…幾つもの本の部屋と、巨大な書庫がある。このような場所は、ここを除いてドニのどこにもない。
歴史ある廊下を歩きながら、アトラスは記述者ギルドの後ろに横たわる歴史の重みを感じていた。記述者は自ら特別な権利を主張したことなどない。だが明らかに評議会では他のギルドよりも大きな発言権を持っていた。それは十八のギルドの中で最も格式が高いという自負であり、メンバーたちもそのように振る舞っていた。
将来の夢は記述者。そう考えるドニの少年たちは多い。
執事の歩みが遅くなり、ある扉の前で止まった。彼はアトラスを振り返り、お辞儀をして言った。
「こちらのお部屋です」
執事がノックすると、中からヴェオヴィスの声が聞こえた。
「入りたまえ!」
執事は扉を少し開け、中に呼びかけた。
「お邪魔して申し訳ありません、ギルドマスター。測量ギルドより、マスター・アトラスがお見えです」
「お通ししろ」
執事が開けたドアの中へ、アトラスは進んだ。
ヴェオヴィスは広く天井の低い書斎の奥で椅子に座っていた。あらゆる壁は本に埋め尽くされており、彼の父、ラケリ卿の肖像が巨大なオーク天板の机の後ろに飾られている。背の高い二つの椅子にはそれぞれ男が座っていた。一人は歳をとっており、一人は若い。アトラスは、年配の男が誰か思い出した。リアニスだ。ヴェオヴィスの家庭教師であり相談役。そして若い方はスァルニルだった。ヴェオヴィスの友人で、メンテナー。
「やあ、アトラス」
ヴェオヴィスは立ち上がり、顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「よく来てくれた」
アトラスの後ろで静かに扉が閉まる音が聞こえた。
「突然の訪問を許してくれ、ヴェオヴィス。君なら何か知っているんじゃないかと思って」
ヴェオヴィスは部屋を横切ってアトラスに近づき、手を握った。そして一歩下がり、椅子に座るよう促した。
「ちょうどこの瞬間に現れるなんてな。スァルニルもたった今来たところなんだ。評議会首脳の審議が終わったらしい。数時間もすればなにかしらの発表があるだろう」
「それ以上の情報はないのかい?」
椅子に座ったヴェオヴィスの顔からは笑顔が消えていた。
「評議会の前に、特別聴聞会が行われるだろうということだ」
「聴聞会?どんな類の?」
ヴェオヴィスは肩をすくめた。
「俺がわかっていることは、よそ者が尋問されるということ、そして評議員として我々はそれに臨席できるということだけだ。おそらく地表の状況についての質問がなされるのだろう」
「彼はドニ語を話すのか?」
「いや、全くだ。それと、彼じゃない。よそ者は女だ」
アトラスは驚いて目をしばたたいた。
「女?」
「少女さ。まだ若い…やっと幼児から抜け出たくらいの、という感じだ」
アトラスは眉をひそめて首を振った。まだほんの少女が?一人で地表からここまで?まったく信じがたい話だ。
「だがドニ語を話せないなら、どうやって尋問するんだ?」
「俺の知ったこっちゃないさ」
ヴェオヴィスの返事には僅かな皮肉が含まれていた。
「だが彼女は言語ギルドに引き渡されるそうだ。奴らは女が発する奇妙な音を調べようとしてる。もっとも、空腹時以外にも鳴くのかどうか怪しいものだがな」
「君はそう思うのか」
「なんだって、アトラス。まったくもってそう思ってるよ。全身毛に覆われた、比較的大型の骨格動物だとね」
「毛に?」
ヴェオヴィスは頷いた。
「まあそれはただの推測だが、しかし十分予想されると思わないか?なんであれ、環境から体を保護するものは必要だろう?」
「それはそうだが」
「それに、そこに魅力を感じる習性をもつ動物もいるらしいじゃないか」
笑いが起こったが、アトラスは黙っていた。「彼女」がどんな種族であれ、一体どんな事情が彼女にトンネルを下ってくることを強いたのだろう。そうでなくとも、一体誰に予想できただろう。
「彼女に会うことは出来ないかな」
「どうだろうな」
ヴェオヴィスは続けた。
「我々のような者が聴聞会より前に彼女に面会することは難しそうだ。スァルニルによれば、首脳陣の半数は彼女をまっすぐ牢獄の時代へ送り、この事態を終わりにするべきだと考えているらしい。ただ、エネア卿が個人的に、そうならないように仲裁しているということだ」
「だが、ただの少女じゃないか」
「アトラスは優しいな」
スァルニルが口を挟んだ。
「まったくお優しい。少女、確かに少女かもしれん。だが彼女はドニ人ではない。我々と同じような知性や感性を持っているとどうして言える。ただの少女かどうか、君にどうして分かる?彼女が、その稀な存在が、ドニをこんな騒ぎに陥らせているんだ。今や巷はこの話でもちきりで、この問題が片付かないかぎり他の話はすべてストップだ。まったく許容できない。彼女の訪問はドニにとって悪い出来事だ。市民に混乱をもたらすだけだ」
スァルニルの激しい言い方がアトラスには不思議に思えた。
「スァルニル、本当にそう思っているのか?」
「スァルニルは正しいよ、アトラス」
ヴェオヴィスが静かに言った。
「我々は冗談めいて話しているが、実際この件は深刻だ。そして俺の意見もやはり、彼女をどこかへやってしまうことだ。社会に影響を与えないような場所に」
アトラスはため息をついた。
「君の意見はわかった。確かにこの件は人々に混乱をもたらす。だが地表の状況を知る機会を自ら閉ざすのは、大きな損失じゃないだろうか?」
「居住可能な環境であるということはわかった。それでは不十分か?」
アトラスはうつむいた。この件で彼らに譲歩したくはなかった。
「まあ落ち着けよ、アトラス。いずれにせよこの件は俺たちがどうこうできる話じゃないだろう?聴聞会を開いてその後どうするか決定するというのは、もう首脳陣が決めたことだ。俺たちは言語ギルドの奴らが─いい奴らさ─例の生き物との意思の疎通に失敗しないことを祈ろうじゃないか。」
ヴェオヴィスの顔にはからかうような笑みが浮かんでいたが、それはゆっくりと消えていった。
「これは厄介な問題になるぞ、アトラス。絶対に。間違いなく厄介な問題に」

ギルドマスター・ヒーミスは個室の扉の鍵を閉めると、「生徒」のほうを振り向いた。彼女は後ろの狭い机に座り、黙って緊張している様子だ。彼らが与えた明るい青のローブを着た彼女は、囚人というよりは若い従者のように見えた。
「体調はどうですか、アーナ?」
「いいです、マスター・ヒーミス」
彼女は答えた。まだ若干発音が怪しいものの、ずいぶんましになった。
「Thoe kenen, Nava」(体調はいかがですか、マスター?)
ヒーミスは満足し、微笑んだ。
彼ら言語ギルドは、彼女の言語の単純な翻訳に取り掛かっていた。毎日、周りの物や単純な動作をドニ語と照らし合わせようとしたのだが、驚くべきことに、彼女は逆に自ら物を指し示し、身振りを交えてそれらの名称を伝え始めたのだ。その頭の回転の速さに、彼らはみな驚かされた。

The Book of Ti'ana © 1996 Cyan, Inc.

The Book of Ti'ana © 1996 Cyan, Inc.

※キーボードの左右矢印キーでもページ移動できます。

※左右のスワイプでもページ移動できます。

コメントは停止中です。