ビーチ過密

--ギリシャ、ミコノス

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 ミコノスの家々は、強烈な日差しを浴びて輝くように真っ白だ。毎年、ハイシーズン前には塗り直しているのだろう、現に今塗り直し中の家もいくつか見かけた。
 ペンキ屋からは白いペンキだけいつも品切れなんじゃないだろうか?
 僕がミコノス島に到着したのは8/13、日本では盆が始まったころだ。ハイシーズンもピークの時期と言っていい。島には人が溢れ、ビーチも砂浜が見える面積がわずかになるほど。ミコノス・シティに向かうバスはいつでも超満員で、「島でゆっくり」とか思い描いていた僕は正直、アテが外れた気分だ。次の目的地はサントリーニ島にしようかと思っていたけど、この分だとサントリーニも大賑い間違いなしだろう。
 ネパール人だというサンデイズ(素敵な名前だ)が尋ねてきた。
 「次はどこに行くんだ?」
 「ナクソス島からアモルゴス島に行こうと思う」
 「アモルゴス?どこだそれ?」
 やっぱりマイナーな島らしい。しめしめ。

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青二才、船に乗る

--ギリシャ、ミコノス

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 アテネの宿で知り合ったブラジル人リカルドと共に、エーゲ海のパラダイスそしてゲイの聖地ミコノス島へと向かう。船は真っ青なエーゲ海を突き進み、ふと見るとリカルドがこっちを向いてムービーを撮っている。「何か喋れ」とか言うので、国民的童謡「海」を歌ってやったところ、大ウケだった。大ウケなのはいいけど、リカルドよ、テイク2を要求するのはやめてくれ。
 旅行に出る前、仕事の資料の中にミコノス島の写真があった。あの風景がどうしても見たかったのだ。白い壁、青い扉と窓の町並み、岬に立ち並ぶ風車。今まさにその場所に向かっていると思うと、嬉しくてたまらない。ミコノスに到着し、早速丘に登る。その眺めは、記憶の中の写真と同じだった。おそらくあの写真もここから撮られたに違いない。

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ユーロ圏に突入

--ギリシャ、アテネ

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 イスタンブールからバスで一日かけて、アテネに到着する。
 正直ギリシャはエーゲ海の島々しか興味がなかったので、アテネ市内についてはアクロポリスの丘くらいしか知らない。パルテノン神殿がある所だ。
 行ってみて驚いた。十二宮がない!そりゃそうだ、あれは漫画の中の話だ。パルテノン神殿はちゃんとあるけど、裏側半面が修復中で無骨な鉄枠に囲まれている。なんだかなー。でもアテネ市街が一望できる景観は気に入った。
 ここギリシャから、通貨がいよいよユーロになった。物価が高いと感じていたトルコよりもさらに高く感じる。それでもEUの中では物価が低いほうらしい。こりゃ今後が思いやられるな。

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ブルーモスクとラマザン

--トルコ、イスタンブール

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 「ブルーモスク」の通り名のほうが有名な、スルタンアフメット・ジャミィでぼーっとサンドイッチを食べていると、一人の少年が話しかけてきた。
 「このモスクの名前知ってる?」
 「スルタンアフメット?」
 「正解。みんなブルーモスクって言うんだよね。正解した人は初めてだよ」
 「そうなんだ?」
 「うん。よかったら案内するよ。中に入ろう!」
 彼の名前はラマザンと言って、ギョレメ出身で今はイスタンブールの学校に通っているらしい。「英語の勉強中なんだ。それにはツーリストと話すのが一番だと思って」と言う。確かに。
 「ブルーモスクの名前の由来は知ってる?」
 「いや。そういえば別に青くないよな」
 「中がね。内装が青色なんだ。ちなみに中庭は赤い色。対になってるんだよ」
 いろいろ日本の話をしたり、ギョレメに残してきた彼女の話を聞いたりしながらマルマラ海に向かって歩く。「数年後には僕も兵役に就いて、イラン国境の方へ行かなくちゃならない。今のうちにしっかり勉強しておかなきゃ」
 彼は16歳だという。兵役のある国に育つというのはどんな気分なんだろう。僕にはわからない。
 マルマラ海をゆく船を眺めていると、なぜだか広島の宇品港を思い出した。イスタンブールがなんだか好きなのは、広島とどこかしら似ているからだろうか?
 写真は僕のメガネを奪ったラマザンとその弟?ラマザン(小)。
 名前が一緒ってややこしいな。

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ガラタの塔

--トルコ、イスタンブール

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 カイロから空路でイスタンブールへ。
 アジアからヨーロッパへ。その架け橋として名高いポスポラス大橋を越えながら去りゆくアジアに思いを馳せよう…と思っていたけど、到着した空港は既にヨーロッパ側。なんてことだ。
 イスタンブールは美しい街だ、というだけでなく、なんだか良い。どこがどうとかうまく説明出来ないけれど、「住みやすそうな街だな」と思った。まるで巨大な運河のように街の真ん中に三叉に伸びる海峡、すぐ南に広がるマルマラ海、坂の多い入り組んだ路地。ガラタ橋を渡り、路地を抜け坂を越え、ガラタ塔へ向かった。ここからはイスタンブールが一望できる。ポスポラス海峡をゆく船を眺めていると、実感が湧いてきた。ここはヨーロッパなんだ。

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窓からの景色

--エジプト、カイロ
 午後5時すぎ。いつものように、いつもの抑揚で、アザーンが街中に鳴り響く。僕は宿のテラスでそれをぼんやりと聞いていた。ふと下を見ると、どうやらこのビルの1階はモスクになっているらしく、続々とイスラム教徒が集まってくるではないか。

(1)ハイ並んでー

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(2)ハイおじぎ

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(3)そして土下座ー アッラーフアクバル!(神は偉大なり)

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 ※以降(2)~(3)を繰り返し
 茶化してゴメン。

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西方砂漠へ─白砂漠

--エジプト、バハレイヤ

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 行く手に砂丘が現れ始め、ようやく「砂漠」といった風情になってくると同時に、白い石灰岩もちらほらと見え始める。白砂漠と呼ばれる奇景地帯の始まりだ。
 青い空と黄色い砂の間に立ち並ぶ、数え切れない程の白い自然の彫刻。神秘的で非現実的な風景だ。そのうちの一つを日よけにして、キャンプの準備が始まった。
 夜、夥しい星の海を天井に眠る。

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西方砂漠へ─エル・ヘイズ

--エジプト、バハレイヤ

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 黒砂漠を抜けると、次第に緑が現れ始めた。この辺りには鉱泉の湧く村があるのだ。泉と言っても、黄色い砂丘の中、椰子の木に囲まれた湖のようなフォトジェニックな感じではなく、石造りのプールのようだ。ポンプでくみ上げられた水は白濁していて、冷たい。村の住民たちはみんな気持ちよさそうに遊んでいる。気が付くと僕らのジープのドライバー、マンドゥイもいつの間にやら服を脱いで浸かっている。「どうした。入らないのか?」そりゃ入るとも。トランクス一丁で飛び込む。クソ暑い砂漠の真中、とても気持がいい。
 いつの間にかパイプからの水は止まっていて、水もなんだか濁ってきたな…と思っていると、ポンプのエンジンが始動する音がして、パイプを水が伝わってくる音が響き始めた。高まる期待感。そして一気に冷水が噴き出すと、再び子供たちがそれぞれに叫びながら飛び込み始めた。

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西方砂漠へ─黒砂漠

--エジプト、バハレイヤ

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 カイロから南西に約450km、バハレイヤオアシスとファラフラオアシスの間に、黒砂漠、白砂漠という奇景が広がっている。
 僕たちを乗せたジープはさしあたって黒砂漠へと向かう。バハレイヤオアシスの中心的な町、バウーティの周りは既に一面砂漠地帯なのだけど、次第に地面が砂鉄でもばら撒いたように黒ずんでくる。どうやらこの黒いものは玄武岩の砕けたものらしく、辺りの地面、特に山は著しくその黒い瓦礫に覆われている。とりあえず登ってみた。360°何も無い。世界の終わりのような景色に、一本道が南北に伸びているだけだ。

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忘れものを取りに

--エジプト、カイロ

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 ピラミッドとは5年振りの再会になる。
 相変わらず馬鹿でかく、悠然と僕を迎えてくれる。今回僕には一つの使命がある。「ピラミッドの中に入る」…以前来た時、ツアーの都合でピラミッドの中には入れなかったことを思い出す。そう、これは5年越しの悲願なのだ。
 中はすえた臭いがして、しばらく歩くとすぐに上り坂が始まる。大回廊だ。まあ、なんの洒落っ気もない無骨な通路なのだけど大感激する僕。こっこれが大回廊!無駄に上昇するボルテージ。そして棺の間はさらに素っ気ない。そもそも棺ではない、という説すらある花崗岩の中空のハコだけど、眺めながらなんとなく、やっぱりこれは棺だったんじゃないかな…と思った。根拠は無い。
 一緒に行った韓国人のヨンヒは「これで100ポンドは高すぎ!」と言って怒っていたけど、僕は大満足だった。あー、なんつーか、ノドにささった魚の骨が取れた気分!
 写真はエジプトに来たら日に焼けて太った僕。嘘です。

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